社員満足度をアップさせる福利厚生の切り札「プロビデント・ファンド」の動向

はじめに

タイの企業にとって、社員の満足度をアップさせる福利厚生の代表的なアイテムとしては、プロビデント・ファンドや、民間の医療保険などが挙げられます。今回の記事では、そのうち、プロビデント・ファンドの内容や動向を、タイの企業年金制度の大きな改革の動きとあわせてご紹介していきます。

タイは、東南アジア諸国の中でも今後急速に高齢化がすすむと予測される国の一つです。国連の予測では、タイの65歳以上の全国民に占める割合は、2020年は12.9%、2030年は19.4%、2040年には25.8%まで上昇するとされています。

タイの年令別人口構成の予測
年令別人口構成の予測
(国連「World Population Prospects 2017」よりTTTP作成)

上記のような人口動態の変化の中、タイ政府は国家年金構想をふまえた制度改革の柱として、任意加入の確定拠出型企業年金であるプロビデント・ファンドに加えて、すべての民間企業を強制加入とする確定拠出型企業年金として国家年金基金「National Pension Fund (NPF)」の法案を審議しています。NPFは強制加入の制度ですが、プロビデント・ファンドから置き換わるものではありません。既存のプロビデント・ファンドを既に導入している会社は、NPFに加入する必要はなく、プロビデント・ファンドを継続できます。

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プロビデント・ファンドの概要

プロビデント・ファンドは、「1987年プロビデント・ファンド法(Providedt Fund Act, B.E. 2530
http://www.thaipvd.com/upload/pvd_act_180308.pdf)」に基づく確定拠出型の退職金給付制度で、すでに約30年の歴史があります。

プロビデント・ファンドは、会社が一定の料率を設定し、会社及び従業員がそれぞれ掛け金(給与の2%~15%の間で任意設定)を支払い、掛け金の運用に応じて、退職時に給付を受け取る制度です。従業員は当ファンドに加入をしないという選択も出来ます。ここでの退職金はいわゆる定年退職だけではなく、自己都合・会社都合による中途退職もすべて含みます。55歳で拠出を止めることが可能です。ファンドの基金は監督官庁である証券取引委員会(SEC)管轄のファンド運用会社が運用し、従業員の退職時に積立金と運用収益を合わせたものを支給します。

(1)従業員の積立金
(2)雇用者の積立金
(3)従業員の積立金の運用収益
(4)雇用者の積立金の運用収益

のうち、(1)従業員の積立金はどんな退職の場合でも返金されます。一方、その他の部分((2)(3)(4))の返金の有無については、企業独自で設定することができます(入社何年以内の退職の場合の支払いの割合など)。

掛け金の料率は、月の給与額の3%~5%が一般的です(※1)。勤続年数が一定の年数を超過する場合に、掛け金の料率を変更するというケースもあります。例えば、勤続年数が1~5年の従業員は3%、5年超の従業員は5%、などのように設定することが可能です。

※1:拠出率が最大の15%という福利厚生に非常に積極的な企業が、ごく一部あるようです。

他の会社に転職した場合、転職先の雇用主がプロビデント・ファンドに加入している場合、基金を受取らずにそのファンドに引き継ぐことができます(ポータビリティ)。

ファンド運用会社により、積立金の運用はリスク及びリターンに応じていくつかのタイプに分けられます。ローリスク・ローリターン型は、定期預金や債券(社債・政府保証債)を中心に運用するもので、一方ハイリスク・ハイリターン型は、株式や株式投資信託等の運用の割合を増やしたものです。ミドルリスク・ミドルリターン型は、バランス型とも呼ばれます。これらの運用パターンの種類は、ファンド運用会社により異なります。日系企業では、ローリスク・ローリターン型の割合を多く選択する企業が多くなっているようです。

運用損益は投資環境に左右されますので一概にはいえませんが、若い時期には、株式や株式投資信託に投資するハイリスク・ハイリターン型を一定割合増やし、後半は運用で増えた分を保守的な運用(ローリスク・ローリターン型やバランス型)で守るパターンなどが考えられます。ただし運用パターンの選択には、まず投資教育によって金融リテラシーを底上げさせることが重要です。

20歳代の若い時期から定年退職までプロビデント・ファンドに加入した場合、会社が半額を負担する上に、超長期間の複利運用ですので、優良な運用成果が期待できます。たとえば勤続30年で定年退職、運用利回り3%とすると、退職金額は、本人の拠出金総額の約3.3倍でかつ全額非課税(税務メリットは後述)となり、社員の福利厚生としてきわめて重要なアイテムといえます。

プロビデント・ファンドのメリットは以下の通りです。

会社側のメリット

  • 従業員の福利厚生を重視する堅実な企業として、雇用主のイメージを強化することができます。
  •  従業員の士気を高め、従業員のパフォーマンスを向上させることができます。
  • 従業員の忠誠度を高め、従業員の離職率を低下させることができます。
  • 労使間の良好な関係を構築し、労働争議の可能性を抑えることができます。

従業員のメリット

  • 長期間の計画的な貯蓄・運用により、退職、退職、または死亡時の従業員およびその家族の財政的な保障を構築することができます。
  • 資格を持つ経験豊かなファンド運用会社による運用により、利息、配当金、キャピタルゲインの形で積立金から追加の利潤を得ることで、銀行預金よりも高い収益を得る可能性が高まります。
  • 他の会社に転職した場合、転職先の雇用主がプロビデント・ファンドに加入している場合、そのファンドに移し変えることができます。あるいはそのまま残高を元のファンドに保持して運用することを選択することもできます。
  •  退職時点で、会員は、退職金・年金として引き出すのではなく、そのまま残高をファンドに保持して運用することを選択することもできます。

税務上のメリット
• プロビデント・ファンドは、拠出金・退職金のそれぞれについて、以下の税務上の優遇があります。

【拠出金】
雇用者負担分:法人所得税の計算上、全額損金算入(上限は賃金の15%)
従業員負担分:個人所得税の計算上、年間最大50万バーツまで控除(ただし1万バーツ超の部分は課税所得の15%以内)

【退職金】
従業員拠出分:全額所得控除

従業員拠出金の運用益+雇用者拠出金+雇用者拠出金の運用益
(1)55歳以上の退職(加入期間が5年以上)
退職金の全額を所得控除可能

(2)55歳未満の退職
加入期間5年未満:所得控除無し
加入期間5年以上:課税所得 = [ 給付総額 – 7,000バーツ x 雇用期間 ] * 50%

退職金の税務

プロビデント・ファンドの種類
シングルファンド:企業一社で一つの基金を構築します。 ファンドの運用資産が1億バーツ以上の企業が対象です。

プールファンド:複数の企業の基金を合算して運用します。従業員数や資産規模に関係なく利用でき、運用資産の規模が大きくなるためより効率的な運用が可能となり、また1社あたりのファンドの運用経費も相対的に少なくなります。

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プロビデント・ファンドの状況

以下に2018年6月末時点のプロビデント・ファンドの現状をご紹介します。
THAIPVD.com (SECが運営するプロビデント・ファンド関連情報サイト(http://www.thaipvd.com/
で発表されているプロビデント・ファンドの運用機関は、以下の16社です(2018年6月末時点のファンドの純資産総額の大きい順)。

1Kasikorn Asset Management Co., Ltd.https://www.kasikornasset.com/
2TISCO Asset Management Co., Ltd.https://www.tiscoasset.com/
3MFC Asset Management PCLhttps://www.mfcfund.com/
4SCB Asset Management Co., Ltd.https://www.scbam.com/
5Krungthai Asset Management Plc.https://www.ktam.co.th/
6CIMB-Principal Asset Management Co., Ltd.http://www.cimb-principal.co.th/
7BBL Asset Management Co., Ltd.https://www.bblam.co.th/
8UOB Asset Management (Thailand) Co., Ltd.https://www.uobam.co.th/
9Krungsri Asset Management Co., Ltd.https://www.krungsriasset.com/
10One Asset Managementhttps://www.one-asset.com/
11AIA Co., Ltd.https://www.aia.co.th/
12TMB Asset Management Co., Ltd.https://www.tmbam.com/
13Thanachart Fund Management Co., Ltd.https://www.thanachartfund.com/
14Bangkok Capital Co., Ltd.https://www.bcap.co.th/
15Aberdeen Asset Management Co., Ltd.http://www.aberdeen-asset.co.th/
16Land & Houses PCLhttps://www.lhfund.co.th/

(THAIPVD.comの統計データよりTTTP作成)

運用機関は、タイの主要な商業銀行系、外資系銀行系と、独立系のファンド運用会社に区分できます。TISCOは、銀行設立(2005年)よりも先に運用会社を設立し(1992年)、プロビデント・ファンド・ビジネスを中核事業として成長した運用会社大手です。MFCは独立系運用会社ですが、タイ政府及び国際金融公社(IFC)により1975年にタイ最初の投資信託運用会社として設立、現在の主要株主にも財務省、政府貯蓄銀行が含まています。なお主要なタイの銀行の中で、SCBは王室財産管理局及び財務省が普通株及び優先株を保有しており、またクルンタイ銀行は財務省及び中央銀行の金融機関開発基金が主要株主です。

以下の表は、上記ファンド運用会社別の、純資産の金額(NAV:百万バーツ)、純資産の全体に占める割合(%)、ファンドの数(No. of fund)、加盟企業の数(No. of company)、加盟従業員の数(No. of member)をまとめたものです。(2018年6月末時点)

Fund ManagerNAV (MB)NAV (%)No. of fundNo. of companyNo. of member
Kasikorn192,85217.5653,731636,847
TISCO155,20314.1634,086530,169
MFC152,71313.930622231,871
SCB111,74810.2422,214420,857
Krungthai96,0428.724639182,809
CIMB84,8027.733799177,371
BBL93,7668.5372,013272,875
UOB42,5993.91450571,295
Krungsri39,8143.622765108,501
One38,0063.567829,327
AIA32,4162.9141,182118,464
TMB22,8902.1945385,391
Thanachart15,3961.4665861,086
Bangkok Cap13,2071.21120835,368
Aberdeen6,5100.625436,844
L & H 2,7210.253213,939
Total1,100,68610038318,0393,013,014

(THAIPVD.comの統計データよりTTTP作成)

以下は、各ファンド運用会社の純資産額の全体に占める割合(%)(上表の「NAV(%)」の列)をチャート化したものです(2018年6月末時点)。カシコン銀行、TISCO、MFC、SCBの4社で全体の50%以上を占めています。
各ファンド運用会社の純資産の全体に占める割合
(THAIPVD.comの統計データよりTTTP作成)

以下は、ファンド全体の中の投資対象別の割合(%)を示しています(2018年6月末時点)。比較的安全な投資対象である社債・政府保証債が全体の50%以上を占めており、株式・および投資信託への投資はあわせて全体の約3割となっています。
投資対象別の割合
(THAIPVD.comの統計データよりTTTP作成)
Bonds:社債
Treasury Bonds guaranteed by the MOF:政府保証債
Ordinary Shares:普通株式
Investment Units:投資信託
Bank Deposits:銀行預金

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NPF法案の概要

下のチャートは、従業員の規模毎のプロビデント・ファンドの純資産の推移を示しています。従業員10,000人以上の大企業によってプロビデント・ファンドの成長が支えられていることが明らかです。
従業員の規模毎のプロビデント・ファンドの純資産の推移
(THAIPVD.comの統計データよりTTTP作成)

プロビデント・ファンドは、福利厚生に積極的な大企業の導入によって伸びてきましたが、中小企業には相対的に普及がすすんでいません。プロビデント・ファンドは、2018年6月末時点において、加入社員数約3百万人で国全体の民間企業の会社員の約2割、加入会社数は約18千社で、国全体の民間企業数の約3%にすぎません。

プロビデント・ファンドが中小企業に広く普及しない原因について、SEC(証券取引委員会)事務総長のSucharitakul氏は、 タイの会社の従業員の金融リテラシーのレベルが低く、従業員が積立基金を所有することの重要性を認識していないことにあるとしています。同氏は、国内外の有力な年金専門機関が、退職の準備の重要性について、世帯主全員に継続的に教育することが非常に重要であると強調しています(asia-first.com, 5 Sep 2017)。

以上のようにプロビデント・ファンドは中小企業に広く普及していないため、高齢化がすすむタイの国全体の年金保障政策としては不十分です。そこで、すべての民間企業を強制加入とする確定拠出型年金として、国家年金基金「National Pension Fund (NPF)」の法案が以下の内容で審議されています。(なお、プロビデント・ファンド自体が修正されて強制適用になる、ということではありません。)

【NPF(国家年金基金)法案の骨子】
15歳~60歳の全従業員が対象(既存のプロビデンド・ファンド加入者は対象外)
支給は60歳から
従業員100人以上の会社、及びBOI適用企業は1年目から
従業員10人以上の会社は4年目から、従業員1人の会社は6年目から
60,000タイバーツ までの月額給与に対して、労使それぞれ、以下の掛金を拠出
最初の2年:3%
3年目~6年目:5%
7年目~9年目:7%
10年目:10%
月額給与が10,000タイバーツ以下の従業員については、事業主の拠出のみで、従業員の拠出は無し
拠出率の上限を10%から30%に引き上げを検討中(Bangkok Post, 26 Jun 2018)

NLA(National Legislative Assembly:国家立法議会)で法案が通過した場合、財務省ではそこから1~2年かけてファンドの設立をはじめ運用体制を準備する予定で、その後にNFPはスタートすることになります。

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プロビデント・ファンド導入検討中の場合、NPF開始を待つべきか?

プロビデント・ファンド協会会長Pisit氏によれば、NPFの導入後は、一定の雇用者はプロビデント・ファンドを導入する代わりにNFPに加入するために、プロビデント・ファンドの基金額の成長は鈍化することが予測されています。NPFの導入後は、雇用者は、NPFへの加入か、プロビデント・ファンドへの加入を選択することができます。(Bangkok Post, 5 Dec 2017 )

審議中のNPFは強制加入の制度ですが、NPFは任意加入であるプロビデント・ファンドから置き換わるものではありません。プロビデント・ファンドを既に導入している会社は、NPFに加入する必要はなく、NPF施行後もプロビデント・ファンドを継続できます。(ただしプロビデント・ファンドの拠出率が2%台の場合は、拠出率引き上げ等の影響を受ける可能性はあると考えられます。)

福利厚生の一環としてプロビデント・ファンドの導入を検討中の会社では、制度開始時期が現時点では不透明なNPFの導入を待つ必要はなく、プロビデント・ファンドの導入による福利厚生の充実をすすめることが可能です。

任意型であるプロビデント・ファンドでは、各従業員が独自に運用パターン(ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンの割合など)を選択できますが、強制型であるNPFでは各従業員がこのような運用指図に加わることはありません。また、プロビデント・ファンドは、60歳まで拠出するNPFと異なり、55歳で拠出を中止します。

将来のNPF開始の際に、上記の拠出率、給付開始年令、税務上のメリットなどについて、プロビデント・ファンドとの調整がどのようになるかは、現時点では不透明です。当サイトでは今後も最新情報を提供していきます。

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